リバタリアン宣言
蔵研也 著 朝日新書032
クニガキチントという考え方がいかに愚かであるかということを、さまざまなことがら、政治、教育、その他の各種社会問題を例に挙げて、語りつくしてくれている本だといえます。著者の熱意が強すぎる感じがしますが、あたりまえであると思い込んでいることへの見方を変えさせてくれるきっかけとなる一冊です。
人と人とをつなぎ合わせていく中で、さまざまなプロジェクトを生み出して面白い社会をつくることを目指します。考えるところがあって、生活プロデュース工場をメッセージ工場という名に変更することにしました。
NHKの番組 プロフェッショナルで宮崎駿氏の仕事ぶりが紹介されていました。新作の映画の構想を生み出すプロセスを記録したドキュメンタリーで、HDVカメラをディレクターが手持ちで取材を続けたものが、編集されて番組になっていました。興味深い点は2つ。宮崎氏の面白いものをつくろうとしているプロセスでの産みの苦しみの様子がうかがい知ることができたことが、その一つ。もう一つは、ディレクターが撮影した映像です。1週間こもった期間に、インタビューを避けるようになる宮崎氏に対して質問するシーンでは、畳の上にカメラを置いて話したりしていました。その他に、窓から吹きすさぶ風に揺れる木々、こもっていた家の遠景など、挿入されるカットについても、定番の表現なのかもしれませんが興味深く見ることができました。いつ再放送されるかは知りませんが、ものをつくる人、映像をつくるひとには、ぜひ視聴することをお勧めします。
地震被害の報道がなされる中で、倒壊した家、倒壊等に伴ってさらに破損したものなどをクローズアップした映像が伝えられます。情報としては、倒壊しなかった部分、倒壊したものとしなかったもの、その周辺の状況など、得たいことがらはたくさんあります。にもかかわらず、変わらなかったものの映像というのはおそらく絵にならず、変わった部分のみを切り取るためだろうと思いますが、報道される映像からは、全体像をうかがい知ることが困難です。衝撃的でない映像によって重要な情報が得られることもあると思うのですが、そのような映像を流すことについては、放送上の意味があまりないのだろと勝手にお察ししています。
また、ある番組では、キラーパルスなる用語を説明しながら、木造家屋の倒壊の説明をしていました。既存のもので明らかに補強が必要であると思われる建物が倒壊しているように映像からは見受けられ、該当する建物についての耐震補強や建て替えの重要性と、それが困難であったりする現状を捕らえ直して説明すればよい流れだと感じました。しかしながら、何らかの新しい情報を取り出して説明しようという努力をするがために、結局は焦点がずれたような妙な説明をすることになります。そういう内容が広く放送されてしまうことに、目立ったことを伝えないといけない放送業界の宿命めいたものを感じてしまいます。
見田宗介 著 岩波新書1009
社会学が関係としての人間の学であると断言されたもと、世の中のさまざまな事がらについて考える際のもとになる見方について述べられています。理想と現実について、テロリズムとの戦い方、自立について、環境問題の捉え方、交響するコミューンのモデルの提示など、ものを考えるにあたって、大いなる刺激を得る思考の軌跡が散りばめられています。どのような立場の方にもぜひともお勧めしたい一冊です。学生時代に読んで刺激を受けた「気流の鳴る音」の作者と同一の著作者であることを知り、驚くとともに、なるほどあの本の著者がこういうものの考え方にたどり着かれたのだと納得してしまいました。
高校の教科書のいくつかを見てみました。その編集には大いなるエネルギーが注がれ、非常に多くの知識が極めてコンパクトに詰め込まれていることに、改めて気づかされました。そこには結構専門的な知識が盛り込まれていて、そこに書かれている内容が理解できれば、社会で求められる人材として十分にやっていけそうに思えます。
問題として感じたことは、コンパクトに編集されたそれぞれのことがらが、コンパクトには語りえず理解し得なさそうな形で圧縮されているということです。旅行などにで便利だとされる圧縮して小さくなったタオルがあります。小さな円筒形の塊が水につけるとタオルになるというものです。教科書に盛りこまれた事がらも水を得て、実際の姿になると実に大きなものになります。実際には、その大きなものについて考え理解するということことが重要なのですが、コンパクトに納められたものをなぞるだけでは、その理解に行き着くことは難しく、ましてやその中身の面白さに気づくことはさらに難しいのかもしれません。
あるテーマについて、深く考え、理解へと向かうことを学習だとすれば、コンパクトに凝縮された知識が納められている教科書というものは、学習の際に辞書的な役割以上の力を発揮するものではなさそうに思えます。教科書なるものの存在の発生、さらにはあり方そのものについて、検定の是非や有無などということを超えて、考えてみなくてはならないと思わされてしまいました。
荒井寿光 著 角川ONEテーマ21 C-120
内閣官房・知的財産戦略推進事務局長という立場の著者が、知的財産について、世界でどのように扱われ日本でどのように扱っているかという現状を明確に示してくれています。芸術や文化をビジネスにつなげることの重要性や、そういうことを担う人材としてのプロデューサーの育成の必要性が説かれています。知財検定というものの検定試験が2005年から開始されていることも紹介されていて、教育機関の中で知財ということに対して、どのように取組んでいけば良いかということのヒントも得られる一冊です。