ブログを引っ越します
新しいブログの引越し先はこちら
ちょっと前から書き込んでいたのですが、
Googleさんと少し距離を置くことにして、
ブログを引っ越すことにします。
http://be-do-see.sblo.jp/
人と人とをつなぎ合わせていく中で、さまざまなプロジェクトを生み出して面白い社会をつくることを目指します。考えるところがあって、生活プロデュース工場をメッセージ工場という名に変更することにしました。
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フィンランドに数日間、仕事の関係で行って来ました。
日中の気温が零度前後で、これは珍しく暖かい冬なのだそうです。
ラハティという街に滞在しましたが、
うっすら雪のつもる歩道を歩いている人の姿を多く見かけました。
なんだか、時間がゆったり流れているような気がしました。
また、テレビの番組が多くなく、バラエティ番組のようなものもほとんどなく、
朝の報道番組も淡々と事実を伝えるのみといった印象のもので、
コマーシャルなのか何なのか分からない番組も少ない感じでした。
あちこちにある公共の図書館の雰囲気の良い空間と
利用している人が多そうなのが、印象的でした。
寒さが厳しい地域ゆえに、
ひっそりとたたずむような生活が営まれているということもあるのかもしれませんが、
日本の生活環境とはことなる豊に感じられる時間が、そこにはありました。
富士市で第4日曜日に開催されている「いちばの朝市」に行きました。
初めて知って訪れたときから、続けて行って、3回目です。
初回に感じた予感はそのままで、
この朝市は、どんどん面白くなっていく土壌があると思えます。
市(いち)は、人と人とのつながりを生み出す空間であるということを
改めて考えさせられます。
街がいきいきするために、市(いち)は重要な要素となります。
一方、自分自身が、これまで、そして今現在、
街づくりや学びの場の活性化にエネルギーを注いでいます。
市と街と学びというキーワードが、
今後の自分自身の活動の中心となると確信しています。
いち まち まなび
この3つのキーワードを
生活プロデュース工場の活動の柱にしたいと思います。
修善寺のある建物の窓から美しい富士山を見ました。
家の窓からは、もっと大きく見えているはずなのに、
それよりも美しく見えました。
富士市というまちは、富士山が大きく見えるまちで、
富士を背景に新幹線が走る風景は、ほとんどがここから撮影されているという場所もあります。
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=35.151012,138.720031&spn=0.003246,0.006137&z=17&om=1
でも、どこからでも美しい富士山が見えるかというと、残念ながらそうではなく、
富士市内からは、近いがゆえに、あまり美しくない富士山が多く見えてしまいます。
その一つは、電線です。
富士市内からは、見上げるとすぐに富士山がいたるところで見えますが、
その視界の中には、同時に見たくはないものまで入ってしまい、
かえって、もっと離れた場所から見える富士山の方が美しく見えたりします。
富士市内在住の建築家の伊達剛さん(http://www.geocities.jp/date_archi/)が、
富士山の姿を周りに見えるものを隠しつつ見るための「ついたて」をつくる
そういうプロジェクトを行ってみるのが面白いのではないかと話されていました。
修善寺の窓から見た富士山に感動しながら、
「ふじのついたて」プロジェクトをぜひ実現させたいという気にさせられました。
理屈を考えずに、とにかくガッチリつなぎ合わせる。
そういうやり方ではダメそうです。
加わる力に応じて対応したつなぎ方でなければなりません。
人と人の場合であれば、とにかく全てを知り尽くすとか、
完全に分かり合えるとか、そういう関係が必要だというわけではないのです。
プロジェクトを進めるにあたって、どの部分で理解し合えるか、協力し合えるかということが重要です。
別な部分で相違や立場の違いや趣味の違いなどがあったときに、
肝心のつなぎ合わせる部分でうまく強調できないというのでは、
プロジェクトを支える関係を築くことはできません。
その肝心な部分の接合方法がうまく行っていないにも関わらず、
ただただ人間関係を融和する方向に持って行きさえすれば良いという方策は、
成果に結びつきません。
すべてにおいて一致しない者同士が、協調すべき点で協調し合うための道具が、
実は会議やミーティングです。その場で、参加者同士のつなぎ合わせの仕組みを確認することを行う必要があり、それについての共通理解を得ることができると、メンバー全体がうまくシステムとして成立して、プロジェクトの成功へとつながっていきます。
構造の接合部との類推において付け加えることがあります。
それは必ずしも部分部分の接合部の性能だけを考えていても、全体としてうまく行かないかもしれないということです。
これは、接合部だけでなく、柱や梁の部材の性能についてもいえるのですが、
全体と部分の関係が、全体というものが単に部分を寄せたつめたものではないということです。
ある部分の性能が全体のことへの大きな影響を及ぼすこともあれば、
いくつかの部分の性能が劣っていても、全体として成り立つ場合もあります。
これについては、さらに踏み込んで書くべきことかもしれません。
投稿者 T. Iwasaki 時刻: 22:08 0 コメント
ラベル: 構造屋さんのプロデュース発想法
プロデュースするということは、いろいろなひと、もの、ことを合わせていくこと
そう考えていることを実践していくことをより一層目指します。
ありがたくも参加させていただいているDAVICS2という映像つくるヒトのSNSで、
プロアマ交えてネット上でのやり取りの元、新春あいさつ映像作品が生まれました。
新春最初の、いろいろなものが合わさる出来事です。